<2002年 仮面ライダー龍騎編>

「戦わなければ生き残れない!」

 映画『バトルロワイヤル』が2000年12月に公開され、軽く物議を醸した14ヶ月後、仮面ライダーが殺し合いをするというショッキングな問題作がここに爆誕した!
 モチーフは『アーサー王と円卓の騎士』!
 なんと13人の仮面ライダー達が殺し合いをし、最後に生き残った者はなんでも願いが叶うというストーリー。
 13人ものイケメンが戦い合うと言うことで子供と一緒に見ている若奥様も大興奮だ!
 バンダイは考えた。ライダーのグッズは仮面ライダーのものは売れても怪人のものは売れない。なら、敵もライダーにすればいいじゃないかと。
 同じ発想で作られたのがGガンダムで、敵も味方もガンダムであれは商業的にもよかったとか。
 まあそんな商業的な思惑はともかくとして、2002年ゆとり教育が新たに実施され、運動会の徒競走では手を繋いでみんなでゴールというなまっちょろい風潮が世間で流れる中、あえてそれに反逆し、一番を決める殺し合いを全面に押し出してくる辺り、作り手の意欲を感じさせられる。
 しかも、話としては、13人のライダー達が、それぞれの正義のもとに戦う。つまり、正義は一つではなく、敵にも信じるべきもの、守るべきものがあるんだよ、と子供向けのヒーローものとしてのよくある回帰へと収束している。
 あらすじは、上記の通り、単純に鏡の世界ミラーワールドで自らの願いを叶えるために13人のライダーが殺し合いをするライダーバトルがあり、それに主人公城戸真司が巻き込まれていくというもの。
 ミラーワールドにはミラーモンスターというものがおり、ライダーバトルとは別にそのモンスター達が人間に襲いかかり捕食したりする。
 他のライダー達は自分の欲望のために戦うが、龍騎こと城戸真司は他の人々を守るために仮面ライダー龍騎に変身し、この戦いをやめさせる為、ミラーモンスターから人々を守るために戦う。
 一方、ライバルの仮面ライダーナイトは意識不明の恋人を救うため、ライダーバトルに参加した秋山蓮。彼は自分の恋人のために全てを捨て、全ての敵を殺していこうとするが、どうしても最後の一線を越えられない。甘っちょろい考え方の城戸真司といつも衝突するが、それでも友情を結んでいく。
 地位や名声を手に入れたが、不治の病にかかり、永遠の命を求めて戦うスーパー弁護士北岡さんや、そのライバルでただ暴れたいだけの死刑囚の浅倉威など個性的なメンツが数多く登場する群像劇だ。

 この物語の注目すべき点は実は最終回が3つ公開され、厳密には4つ存在すること。実はループ構造なのである。
 まず、夏の劇場版の際には「最終回先行映画化」と煽り文句をつけて公開。ちなみに結果は大量発生したミラーモンスター達に世界が崩壊し、それでも生き残った龍騎とナイトが世界を救うために無謀に戦いに挑む「俺たちの戦いはこれからだエンド」だった。
 次に、テレビスペシャル版。こちらはゴールデンタイムに放送され、しかも結末は電話による人気投票で放送する内容が変わるという試みだった。戦いを止めるか、続けるか、という選択肢で、視聴者によって選ばれた結末は「戦い続ける」だった。
 そして、最後にテレビ版本放送最終回である。
 この龍騎の少し前、1999年にはPC版『Kanon』が出たり、2000年には『Air』が出たり、この近辺にはエロゲー界で泣きゲーと言われるものが流行ったりしてループ構造のストーリーがこの界隈でよく作られ、他のジャンルでも作られたりしていた。
 この龍騎もある種その流れをくんでおり、ライダーバトルは何度も繰り返され、そのたびにバッドエンドが繰り返され、ライダーバトルの主催者である神崎という男の手によって何度もやり直しがされていると言う設定なのだ。
 最終的に放送されたテレビ版本放送のラスト……すなわちトゥルーエンドがどんなものだったか。
 なんと、今までライダーバトルでほぼ最後まで残っていた主人公「龍騎」は最終回を前に子供をかばって雑魚モンスターにやられて死んでしまうのである。
 全てをライバルにして親友である仮面ライダーナイトに託し、龍騎は死亡。ナイトである秋山蓮もラストバトルでなんとか最後の一人となって、ライダーバトルを制し、恋人を復活させるものの、ラストバトルの怪我が元で恋人が目覚める前に死んでしまうと言う壮絶なエンド。
 果たして自分たちの欲望のために戦い続けたライダーバトルはなんだったのか、というライダーを追いかけていたジャーナリストの記事で締められる。
 まさかのライダー全滅エンド。
 そこで、主催者たる神崎は再びライダーバトルを繰り返そうとするが、もう戦いが無意味であり、そんなことで願いを叶えようとするのが愚かであったと妹に諭され、結果世界はもう一度ループし、今度はライダーバトルのない、ミラーモンスターのいない平和な世界となるというエンド。
 ライダーバトルのない世界で、龍騎の城戸真司と秋山蓮が街中で出逢ってすれ違う。そういう締めくくり。

 強引にまとめれば、自分の独善的な無茶な願いを、無茶な方法によって叶えようとしても無理だよね。無理な願いは諦めよう、てこと。
 ライダーバトルを終わらせたのは、結局は自分のためではなく、人の為に戦い続けた城戸真司という男が居たから……とも結べる。

 クウガでは、誰かの為に、我慢してでも戦う人間を、アギトでは、進化した超人、孤高の戦士、努力家の凡人と描いてきた。
 龍騎は普段はドジばっかりで、不器用で、何度も迷いながらも、誰かの為に、人の為に戦い続け、争いを止めようと尽力したバカな男をヒーローとして描いている。
 また、城戸真司はなんのかんので、相対した全てのライダーに対し、相手の主張の全てを否定するのではなく、それぞれの相手にはそれぞれの事情があることを真摯に受け止め、それでも戦いを止めようとする。
 実に少年漫画体質の、憎めないバカな男だ。何度も迷いながらも、それでも信念を貫き続けるヒーローの姿を描いたこの作品を哲学さんは好きである。
 とはいえ、世間て冷たいもので、そんな虫のいい意見が通る訳なく、最終回前に死んでしまう辺り、世間は厳しいんだよ、という作り手のシビアな視点も見受けられる。


 なんにせよ、バトルロイヤル制。ループ構造の導入。トゥルーエンドという概念。と、龍騎が今までのライダーものとしてとても異色作なのは間違いないだろう。
 色々とこの仮面ライダー龍騎は『ヒーローもの』としてはターニングポイントであり、エポックメイキングなところはあると評価したい。(ループ構造とかバトルロイヤル制は他のジャンルではよくあるものだったが、これをヒーローものに適応したという点が評価できると思うのです。逆に言うと、仮面ライダーでも取り入れるくらいに、こういう要素がこの時代流行っていたとも言える。)
 『めだかボックス』の阿久津先輩も好きになる訳だ(何
 そして、この二年後の2004年、Type-Moonより、何でも願いが叶うという聖杯をかけて戦うという『Fate/stay night』が作られる。
 この他、ループものの傑作と言われる『ひぐらしのなく頃に』の一番最初の『鬼隠し編』が出るのは2002年の夏コミである。
 後、この2002年にはPS2版『Kanon』も発売。東映版のアニメ『Kanon』も放送。
 更に、5体のガンダムが入り乱れて戦う『ガンダムSEED』も放映開始。
 一方、冨野さんは『キングゲイナー』を放映してガンダムからエクソダス
 それから、2002年サッカー日韓ワールドカップもあり、ともかく戦え!な一年でした。
 この近辺、ループものの物語は色々と革新的なことが起きている気がするのだが、それはまた他の人がまとめて欲しい。哲学さんはエロゲデータベースが少ないのです。

 あ、後この龍騎はカードで変身して、カードでパワーアップとかしててカードバトル要素もあった。この前後で2001年にはカードバトルを題材にした『デジモンテイマーズ』や、1996−2004年まで遊戯王の原作が連載されており、この時期も遊戯王カードゲームは人気絶頂。カードゲーム人気も高かったことを付記しておく。


 そして、仮面ライダーと言う枠からはみ出まくった『龍騎』から揺り戻しが起こり、仮面ライダーは原点回帰を求めて『仮面ライダー555』へと続くのである。