<劇場版『聲の形』における、ヒロインの右耳>

 すぱっと原作設定は一旦忘れて欲しい。劇場版だと時系列が弄くられているからだ。
 劇場版では、原作にないシーンとして、ヒロインの西宮硝子とお婆ちゃんが病院で医師の報告を聞くシーンがある。
 そこではお婆ちゃんが顔を曇らせてシーンは切り替わる。
 ここでおそらく西宮硝子は右耳が完全に聞こえなくなった、あるいは手の施しようがない、と診断を受けたに違いない。
 小学校時代の西宮硝子は少なくとも両耳に補聴器を付けていたので、難聴ではあるが音を認識出来ていたのだろう。それが、半分失われてしまったのだ。


 そこで次の日西宮硝子はどうしたか。
 どうしたかって、あれだよ……気合い入れたんだよ!!!!
 こう、ゆずるが朝起きてふっ、と硝子を見たら、なんと髪をしばってポニーテールにしている姉が居る訳ですよ!!!
 え? 何? どうしたの? と驚く譲るを尻目にばしっ、と身支度を調える西宮硝子!
 これは何かって、同じ京アニの『響け!ユーフォニアム』でもそうだったけど、決意の表れですよ!
 そもそも、耳の聞こえない彼女にとって、耳はコンプレックスの塊だっただろう。
 だから、耳の見えないような髪型にしていた――可能性が高い。(原作版の母親はそう望んでいなかったが)
 耳を晒せば、否が応でも補聴器が衆目に晒されるし、それだけで無遠慮で好奇な視線を受けるかも知れない。
 そんな隠すべき耳を彼女ははっきりと表に晒して、そして口紅のように紅い、可愛らしい補聴器をつけて主人公石田くんに会いに行くのだ!!!
 これはまさに戦闘態勢。彼女にとって、紅い補聴器は、ある意味耳の聞こえない自分を受け入れ、前へ進む決意の表れなのかもしれない。あるいは、勝負下着だ! そう、勝負下着だよ!(※二回言った
 そして、出会った石田くんに彼女はいつもの手話ではなく、口で、言葉で話しかける。
 石田くんが「え、手話しようよ」と話しかけるも、かたくなにそれを断り、ともかく自分の拙い声で必死に想いを伝えようとする。
 おそらく右耳が聞こえなくなったことで、将来的に両耳とも聞こえなくなる可能性があるとはっきりと自覚したのだろう。
 ただでさえうっすらとしか聞こえない音が聞こえなくなってしまう前に、僅かでも彼の音が聞こえるうちに、彼女は拙いながらも、手話ではなく、他の周りの人間と同じく自分の声で気持ちを相手に伝えようと決意したに違いない!
 まだ、石田くんの声が聞こえるうちに、小学校の時できなかったことをしようとした。

(左耳の紅い補聴器は彼女の決意の表れ)



 とはいえ、残念ながら結果は玉砕。
 それっきり、彼女はまた髪型をいつもの耳が隠れる状態に戻すことになる。(※でも、その後ずっと髪の毛の下に勝負下着の紅い補聴器があると思うとよくない?)
 次に彼女が耳を晒すのは家族で花火大会に行った時と、全てが終わった後、一緒に学園祭に行った時だ。
 花火大会の時は、浴衣に着替えていたのもあったのだろうけれど――おそらくは全てを諦めることを決意した彼女が、最期の思い出を彩る為。(また、ベランダに出た時は補聴器を外している)
 学園祭に行った時は――全てを受け入れたから、と思う。



 原作だと、西宮硝子がポニーテールにするのは「友達ごっこじゃないの?」と植野に指摘された後である。
 しかし、劇場版だと、植野と再会するのはポニーテールにした後だ。
 少なくとも劇場版においては、彼女が右耳の聴力を失ったことにはっきりと意味がある。自分の人生を見つめ直し、向き合う為のきっかけになっていた……はずだ。
 とはいえ、そこから植野と再会して色々とひっかき回されてそこら辺が後退してしまうのだけれど(笑)
 なんにしても、それまで耳を隠していた彼女が、耳を晒すきっかけになった、というのはとても大事だと思う。
 あと、キャラクターとして、紅い補聴器をつけた西宮硝子はかわいいと思う。