考えるな、感じろ

 どうにも私の文体は堅い。
 ああ、堅いったらありゃしない。
 どーにもこーにも私は最近の流行じゃないし、読みにくいし全然ライトじゃないそうだ。

 ……困ったにゃん。

 ごめん、ライトにならないでござる。地の文でこんな事書いたら拒絶反応が出まくりである。
 試しに猫の絵を眺めてみる。
 ますます困った。

 どうにも私は考えすぎで、形から入りすぎらしい。なんてこった、私は文章の指南書を読んだ事は一度としてないというのに。
 まあ、でも確かに、口語は苦手なのは認めよう。
 うら若き24歳が書く文章にしてどーにもこーにも古くさい。今時の若いイケメン達に比べれば全然いけてないし、ファックな文章なのだろう。
 ……無理してるなぁ、私。

 オーケイ、整理していこう。
 取りあえずのアドバイスとしては、以下の通りだ。

1.ギャルゲーをしろ
2.全部壊して作り直せ
3.単純なリピドーで書け
4.バトル抜きの現代劇を書け。日常メインで!

 もう、「以下の通り」とかの言い回しの時点で古くさいぜ私。いや、「言い回し」もダメだな。「言い方」とか「書き方」とかだな。
 まあ、確かに私はギャルゲーしない。全然しない。リピドーも低い。いや、かなりリピドーはある方なんだが、どうも性的なリピドーが薄い。
 よくよく考えれば意外と自分は硬派らしい。
 例えばだ。私が女の前で鼻の下伸ばしたり、デレデレしたり、スカートがめくれそうになったらそちらに目線が行ったりとかそういう直接的なリピドーとはがっつり無縁な感じに人間が仕上がってるのは確かなようだ。
 嗚呼全く持ってして回りくどい人間に仕上がったものだ。
 ただ、私がギャルゲーしないのはまずもってあれの時間の浪費の比率が高く、あと気が向かないからである。私は意外と気が短いところがあるのだ。時間の掛かるゲームはどうしても敬遠するようになってしまった。
 んでもって、私が形から入ってるから感情のままに描け、なんて言われてるが……そこだけは大間違いだと反論しよう。
 私は感情で作品を作ってる。性的なリピドーではないかも知れないが、内なる衝動に従って、勢いのママにごりごりと描いていくタイプである。
 そもそもがだ、カタチ形というが、私は特定の何かを意識して描いた事はほとんどない。私の描きやすいように描いてるだけだ。
 第一、この私の古くさい文体・文語表現はもはや自らの血肉になっているものである。私は眠ーくなって気が抜ければ気が抜けるほど回りくどい言い方が増えていくのである。普段喋っている怪しい口語体がますます文語体に近づいていくという特殊体質である。
 苛つけば苛つくほど「ファック」とか「ガッテム」とかの言葉が減っていき、訳の判らない言い回しが増大していくのである。
 まあほらあれだ。私はツンデレらしいから困れば困るほどねじくれた解答を吐き出すんだにゃー。

 オーケイ、可愛くない。

 話を戻すと私は緻密なプロットに沿って話を書いてるなんて思ってる人が居るかも知れないが、大間違いである。
 私はその場の思いつきを積み重ねて書いていくタイプである。
 なので、一番得意な形式は連載型である。
 一度書いたら振り向かず、書きっぱなしイリュージョンのままともかくともかく書いていくのである。
 昔書いた事を読み直さない。
 取りあえず、思いついた事を書いていく。
 無論、全くの無秩序なプロットという訳ではない。
 取りあえず、起承転結の「転」だけ決めて書く。
 それに向かってひたすら走るのである。
 おかげで、私の小説は出だしが「転」に至るまでの思いつきの固まりで進んでいくので盛り上がりに欠けるし、導入が下手だ。
 私の物語は積み木の様な文章である。
 最初に目標を立てる。1メートル積み上げよう、と考える。
 それで、◇や△、○をともかく積み上げていく。
 で、無理矢理1メートル積み上げる。
 だが、そこで困る訳だ。無駄な部分が多くて見栄えが悪い。
 単純に言うと、「起承転結」の「結」、話の「オチ」がない。
 無計画に話が進んでいくからだ。
 取りあえず、今書いてる文章もオチがない。
 ともかく、話を戻すと、目標地点まで書いたら、後はそこから結論をひねり出す。無理でも。嫌でも。
 だが、そこでありがたいことに、私のキャラクター達は少なくとも、自分の信念に従って行動して貰っているので、話が収集つかなくなる事はない。いつも想定しなかったエンドではあるが、無理なエンドではない、と言ういい加減な作り方である。
 まあ、そんなおかげだから私は校正とか書き直しとかが苦手である。過去は振り返るな、加筆修正なんてなんのその! 出しっぱなしイリュージョンバンザイである。
 そんな感じなので、mixiとかで前に書いた文章にレスを付け足していく書き方は私には抜群にやりやすいのだ。
 おかげで私の文章は無駄が多い……と思うのだが――そんなに私は考えて書いてる様に見えるのだろうか。自分としてはそれ程意識してはいないのだが、まあ、困った話だにゃー。

 気付いたら文章が硬くなるので定期的に柔らかくしてみるが、即座に元に戻るなぁ。

 まあ、そんなおかげで私は取りあえず思いつきで物語を書いている事だけは表明しておこう。ああ、表明とか古くさい言葉言ったら駄目だニャー。

 そもそも、私が一番尊敬する小説家は誰か、と聞かれたら星新一である。かの人の作品は私とは正反対で無駄のない、洗練された短編である。短い言葉、最低限の描写だけで物語を描く作家である。
 だがしかし、星新一が好きだからこそ、私は長編を書く。星新一は無駄を省いたが、それに対して私は最大限に思いつく事を付け足して物語を深く長く語りたいと思う訳である。
 まあ、おかげで説明が多い。ともかく思いついた事を端から書いてるからともかく説明が多い。
 私はもっと文章を練り込むべきなのだろう。
 と、思ってたのに、何も考えずに描け、と言われたので難しい所である。
 いやまあ、意図する事は分かる。私の物語は基本的にこうだ。

1.Aがdoしたい。
2.Bもdoしたい。
3.おかげでAもBも争う。
4.それはなんでかっていうと、Aがdoするには過去にピーやプーな経歴があったから、Aはdoしたいのである。
5.だがしかし、Bにも譲れない理由がある。Bには夢があって、それまでがペーやポーだった為、その影響でdoしたい。
6.けれど、doするためにはXと言う代償を支払わなければならない。
7.そして、AもBも争いあってdoしようとするが、そこで意外な展開が起きる。
8.その場ののりでオチをつける。

 基本的にこんな感じなのだが、みんながアレだと思ってるのは「4」と「5」の部分なのだろう。
 しかも、大抵私は単純な二元論で終わらせない。AとBだけでなく、CとDもつけるし、さらにはどうでもいい脇役達にも「4」「5」みたいなものを付け足していく。
 なんでこんな作風になったかと聞かれれば……多分荒木飛呂彦先生の影響だろうか。ジョジョの第五部以降のごとく、それぞれの登場人物に人生がある事を意識しているのだろう。
 まあ、そんなことを考えずに書けという事だろう。
 つまり、

1.Aはdoしたい。
2.Bもdoしたい。
3.じゃあ、ガタガタ言わずにAとBで争え。理由など知った事か

 みたいに話を作れと言う訳である。
 んで、私はバトルものばっかり書いてるから日常をもっと書け……というのである。
 とはいえ、私が日常物語を書いたとしても――ざっと思いつくのが少なくとも色恋沙汰ではない。例えば、少ない金でなんとか遠出してガンプラを買いに行く話とか、一日中公演で寝そべってる話とか、そんな日常の話を書きそうな気がする。
 あれですかね。「恋愛モノを書け、ていうなら絵を描きまくって、GaiaFragmentsをビジュアルノベルにしてアリーセのデートシーンをガンガン追加してやるぞー」とか言った人を釣ってみようかな。
 いや、でも学園モノはそのうち書くよ、と繰り返しておく。
 というか、GaiaFragmentsはいつになったら挿絵がつくんだろう。
 困ったニャー。